I WANT TO HOLD YOUR HAND!

HOW TO GET AN ANGEL


 放課後、アンジェリークはアリオスの部屋に呼ばれた。
 スモルニィでは、職員室のほかに、手狭だが、教師個人の”研究室”名目の部屋があり、そこには、机、小さなテーブルと2脚の椅子、サイドボードに電気ポット、、小さな冷蔵庫、ロッカー、書棚が有り充実している。
 新しくアリオスの名前が差し込まれたネームプレートを見つめながら、アンジェリークは躊躇いがちにドアをノックした。
「入れ」
「失礼します」
 中に入ると、部屋はすっかり片付いており、文字通り主を示すようなシンプルさがあった。
「ああ。そこにでも座ってくれ。コーヒーでも淹れるからよ。インスタントでいいか?」
 中央にある小さなダイニングセットの椅子を進めながら、アリオスは彼女の為にコーヒーを淹れる準備を始める。
 この時間を使って、彼女の警戒心を取り除いてしまいたかった。コーヒーもその準備に過ぎない。
「あ、先生、私がやります!」
 アンジェリークの嬉しい言葉に、アリオスは甘さの含んだ微笑を、嬉しさの余り、ついつい浮かべてしまった。
 意外に優しい笑顔なのだと、アンジェリークは思った。
 甘さを含んだ優しい笑顔に、彼女は思わず見惚れ、頬を紅潮させる。
「構わねェよ。これからおまえにいろいろクラスのことについて教えてもらうんだから。座ってろ」
 ”但し、口説くこともかねて”という一言がアリオスの心の中で加えられたことを、彼女は知る由もない。
「では、お言葉に甘えて」
 ちょこんと小さな体を椅子に静める。
 席に座ったものの、何だか落ち着かない。
 男性特有の雰囲気と、アリオス自身の雰囲気が交じり合い、胸の鼓動を速める空気となってアンジェリークに降り注ぐ。
 落ち着いて気を紛らわそうと、、彼女は部屋を見渡したが、アリオスの姿を直に捉えて、鼓動は更に昂まる。
 狭い部屋に、たった二人だけだということを、否が応でも意識させられる。
「おい」
 突然声を掛けられてアンジェリークは大きく体をビクリとさせ、それがアリオスの苦笑を誘った。
「何だ? 俺に声を掛けられたぐらいでそんなにビビるなよ?」
「すみません・・・」
 アンジェリークは、益々その小さな体を竦ませて真っ赤になって俯いてしまう。
 その姿が余りにも愛らしく、更にアリオスの狩猟欲を高まらせてゆく。
「おまえさん、砂糖とミルクはどうする? カフェオレにしようと思えば、出来るぜ?」
「じゃあ、カフェオレで」
「了解」
 彼女のために先ほど密かに買っておいたミルクを温めてやり、それをコーヒーで割って甘いカフェオレを作ってやった。
 もちろん、彼女の嬉しそうな明るい笑顔を見たいためだけにやっているのである。
「ほら、おまえさんのカフェオレだ」
 アンジェリークの前に優しくマグカップを置き、優しげな微笑を一瞬浮かべて見せる。
 もうそれだけで、恋愛に疎い少女は、はにかんでしまう。
「有難うございます…」
 またひとつ、少女の一面を垣間見て、ほくそえむアリオスであった。
 彼も彼女の向かい合わせになる席に腰を下ろすと、先ほどの甘い表情とは打って変わって、精悍なそれとなる。
 やはり明日からのことの準備のためにもしっかりと聞いて、クラスのことを把握しておかなければならない。
 彼に引き締まった表情に、アンジェリークは心が引き寄せられる。
 じっと自分を見詰める彼女の視線を、アリオスが気づかないはずがない。
 彼は、彼女の愛らしい困った顔が見たくなった。 どんな表情であろうとも、見逃したくはなかった。
「何だ? 俺に見とれて。俺に惚れたか?」
「そ、そんなわけありませんっ!!」
 おたおたと否定するアンジェリークの表情は彼の心の琴線に触れ、魅了して止まなかった。
「ま、冗談はこれぐらいにしといて、クラスの動きなどを教えてくれねえか?」
「あ、はい」
 真摯な瞳でアリオスに見られ、アンジェリーク軒も引き締まる。
「ではクラスのことについて、出来る限りのことをお話します…」
 離し始めた彼女は、先ほどのようなうろたえた面は一切なく、むしろ芯の強さが覗えた。
 与えられたことをきちんとこなし、それ以上の事をすることの出来る少女だと、アリオスは認識し、敬意にも似た感情を彼は覚えた。
 穏やかな明るさと意志の強さがある、誰もが癒され、魅了されずに入られないだろうと、彼は思う。
 彼も、この天使の魅力にすっかり捕らえられてしまった一人だった。

 ひとまわり近くも違う少女に、こうも簡単に捕らえられてしまうとはな…

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「----サンキュ。よくわかった」
 アンジェリークは穏やかな微笑を湛えながら、コクリと頷いた。
 話が終わった頃には、すっかり遅くなっていた。アリオスは、自分の腕時計をちらりと見やり、時間を確認する。
「五時半か・・・。何なら、俺、車だから送っていくぜ?」
「そ、そんな、申し訳ないですし…」
 どきりとして、アンジェリークは慌てて否定する。
「いいって。ん…? 急にしおらしくなっちまいやがって、さっきの、枕を投げた勢いはどうした?」
「先生の意地悪…」
 恨めしそうに、無意識に上目遣いをする彼女に、思わず笑みをもらしてしまう。
 拗ねて表情も、なんと愛らしいのかと。
「明日からは、遅くなっても中々送ってやるということは出来ねえが、今日ぐらいは、な?」
 甘い優しさが滲んだ瞳で見つめられて、アンジェリークは頷くことしか出来ない。
 鼓動が早くなり、息苦しさを覚える。
「決まりだな。行くか」
「はい…」
 アフタ理は手早く帰る仕度をして教室を後にする。
 どうしてももう少しだけでも天使と一緒にいたくて、彼は時間を巧みに稼いでいたアリオスの作戦だったとは、鈍いお姫様は気がつかない。


 アリオスの車は、そのイメージ通り、シルヴァー・メタリックのスポーツカーだった。
 余りにもイメージ通りだったために、アンジェリークは思わず笑顔をこぼした。
 最初、車の助手席を促されたが、その場所は、何だかとても親密で神聖な場所のように思えて、自分にはふさわしくないと彼女は思い、丁重に断りを入れた。
 逆に、アリオスに早急だったことを気づかせる結果となった。
 彼女が後部座席に付いたことを見計らって、アリオスは車をゆっくりと出す。
 ここからが勝負だと、密かに気合も入っている。
「おまえさん、家はどこだ?」
「あ、”エンジェル・ストリート西”ですけれど…、あの…、その近くの”スーパー・ビッグドラゴン”で下ろしてください」
「スーパー?」
 彼は怪訝そうな声を上げ、その眉を顰める。
「ええ。私、両親が海外赴任で、一人で暮らしているんです。だから、お買い物をしなくちゃいけないんですよ」
 ふふと照れくさそうな柔らかい声が後ろから聴こえ、彼の顔にも僅かに笑みが広がる。
 また彼女にことを一つ知ることが出来たと、その言葉を噛み締めた。
「そのスーパーはどこだ?」
「”エンジェルストリート中央”です」
 少し考える振りをして、彼は間合いを開ける。
「俺も近いから寄っていく」
「先生もお近いんですか?」
「俺は”エンジェルストリート東”のマンションに一人暮らし。メシ作んなきゃならないのは同じだ」
「だったらご一緒しましょう」
 少し華やいだ声が後ろにいる天使から返って来る。
 その声は、アリオスへ”進展している”と告げる合図のようなものだった。
「俺、引っ越してきたばかりだから、この辺りのことはよく知らねえんだ。そのスーパーはおまえさんのお気に入りか?」
「ディスプレーも見やすいし、綺麗で、その上商品が安いのも魅力的です。ちゃんと駐車場まで完備されていますよ」
駐車場か。好都合だな。じゃあ、そこを目指して行くとするか」
「お願いします!!」
 車は、一路、アンジェリーク御用達のスーパー”スーパー・ビッグドラゴン”へと向かった。


「へえ、中々立派なスーパーじゃねえか」
「でしょう?」
 二人は入り口で籠を手にとると、中へと進む。
 アンジェリークはてきぱきとなれた手つきで食材を吟味し、籠の中へと入れてゆく。
 アリオスはと言うと、彼女の後をただ突いてゆくだけで、何も買おうとしない。
 彼女の買い物する手つきに、関心と敬意を持って見惚れていたからだ。
「----センセ? 何も買われないんですか?」
 不思議そうにアンジェリークはアリオスの顔を見上げる。
「なんか、出来合いのものでも買っていこうと思ってな。面倒くせーし」
「ダメです!! そんなの健康にも家計のも悪いですよ!!」
 きっぱりと諭されるようにいわれて、アリオスは苦笑いしてしまう。
 全く、この少女には適わないと。
 イタズラ心が沸き起こり、彼は良くない微笑を彼女に向けた。
「じゃあ、おまえさんが俺に夕食でも作ってくれるのか?」
 予想通り、アンジェリークの顔は一瞬にして真赤になってしまった。
「クッ、クッ、冗談だ。だけど…、ま、考えててくれや」
「先生の意地悪…!」
 すっかり拗ねてしまった少女は、すたすたと一人でレジに向かって歩いていってしまった。


 アンジェリークがレジを済ませると、そこにはアリオスが待っていてくれた。
「お詫びだ。これでも食って機嫌を直してくれ」
 差し出されたのは、スーパーの隣にある高価でで有名な洋菓子店のチョコレートだった。
「センセ…」
 彼女の心が温かさで満たされる。
「じゃあ。俺はこの辺で。今日はサンキュ、コレット」
 穏やかで艶やかな笑顔を向けられて、アンジェリークの鼓動は早くなり、その耳に着いてしまう。
「先生!!」
 踵を返したところでアリオスは呼び止められる。
「何だ」
「有難うございました、嬉しかった…」
 まるで向日葵のように、穏やかでしかも眩しい笑顔を向けられて、アリオスの心に甘くも暖かい想いが広がり、満たされてゆく。
「また、明日な?」
「はい!!」
 
 恐ろしくも魅力的な王子様の魔法で、眠れる森の鈍感なお姫様が目覚める日も近い----    


コメント
3000番のキリ番を踏まれたゆら様のリクエストによる、「高校教師の出会い編です」
すみません。終わりませんでした。後一回分は、直に更新いたします。
最近長くなる傾向があるなあ(笑)
申し訳ございません。